証券コラム

2015/02/20 山崎元「ホンネの投資教室」

第239回 個人投資家の参考にもなる、年金基金の「運用の掟七箇条」

年金運用の特徴

企業年金や公的年金など年金の積立金の運用は、運用業界にとって投資信託と並ぶ大きなビジネスだ。ビジネスとして、年金運用と投資信託を比較すると、年金運用は、顧客(年金基金)とやり取りが必要、運用手数料が安い、運用がやや窮屈、といった傾向性がある。

投資信託も他人様のお金の運用だが、投信では投資家から直接お金を預かっている感覚なのに対して、年金運用では、他人(年金加入者)を代表する別の運用者(年金基金)から、さらに運用を受託する二重構造になっている。投信の投資家は、個別のファンドを直接理解し共感を持ってお金を投じてくれた人だが、年金の加入者には様々な人が居て、個々の運用会社を理解している人ばかりではないと想定しなければならない。

投資信託でも、顧客に対する説明責任はあるが、年金運用の場合、運用会社は年金基金の説明責任を満たすに足る形で運用サービスを提供しなければならないという特質がある。

一方、年金基金は、一部の資産をインハウス運用(自家運用)することがあるが、多くの場合、運用会社に資産を委託する形で運用を行う。運用の成果は、運用会社 のパフォーマンスに左右されるわけだが、パフォーマンスの大半(大規模基金では8~9割といわれる)は、アセットアロケーションなど、年金基金側の意思決定で決まることが広く知られている。

今回は、年金運用にあって、基金はどのように行動しなければならないかを取り上げる。

個人投資家は、自分で個別の株式に投資する場合には運用会社に近い立場に立つが、投資信託などで運用する場合の立場が年金基金に近い。また、年金は公的年金、企業年金さらに海外の年金基金も含めて、資本市場の大きなプレーヤーなので、年金基金のあるべき運用の姿を知っておくことは、個人投資家にとっても参考になるだろう。

年金運用七つの掟

年金基金の立場で弁えておくべき原則を「七つの掟」の形で、提示してみよう。

(掟その一)結果ではなくプロセスに責任を持つ

年金運用の意思決定と行動は、あらかじめ合意されたプロセスに正しく従って行われなければならないし、また、プロセスが正しい場合、年金基金及びその個々の担当者は結果に直接責任を負わないのが大きな原則だ。

「結果が悪くても、言い訳が通ればいい」と言い切ると、反感を持つ読者がおられるかも知れないが、もともと運用の結果に絶対的な責任を持つことなど誰にも出来ないので、これでいいのだ。

「結果が悪かったら辞める」(或いは「辞めろ」)などと粋がる人物が年金基金にも運用会社にも時々いるが、こうした無謀な(取り切れない責任を取ると言い張るのは「過剰」を超えて「無謀」だ)責任意識は、逆に、「私はリスクを取り、責任を取るのだから、私の好きなようにやらせろ」といった暴走に繋がりかねない。

年金運用は「みんなのお金の運用」なので、「みんな」が合意出来る範囲の中で、粛々と行われなければならない。

(掟その二)年金運用には「ほどほどの保守性」が必要だ

広い範囲の人々の間で合意ができ、プロセスに対する説明責任を常に果たすことができるようにするためには、年金運用の内容は、多くの人が(さすがに「全ての人」とまでは言えないが)合意出来るものでなければならない。従って、多くの人が納得する運用の常識にかなった、ある種の保守性が必要だ。

年金運用では、有効性が広く認められていなかったり、管理の方法が難しかったりするような、新奇な運用手法・運用商品は採用すべきでない。「新奇」の範囲は、時代により、年金基金の加入者の性質、さらには基金の管理能力によって変化する。

たとえば、近年、日本の公的年金等で、「新興国株式」に対する投資が解禁されつつある。これは、過去には新興国株式はリスクの大きさや性質について、安全・確実に増やすべき年金積立金での運用に適するか否か議論が割れたものが、今や、新興国企業の株式は、「リスクは先進国よりも大きいが、それなりに成長性もあるし、市場自体の厚みもそこそこにあるから、年金の投資対象にしてもいい」といった意見が多数を占めるようになったので、年金運用の対象としてもいい、と理解されるようになったということだろう。

つまり、年金運用では、ごく少数の人間だけがチャンスを理解しているような先進的な運用対象に投資することに馴染まないのだ。

これは、年金運用に関わる当事者には少し残念なことだが、世間で馴染みがなかったり、投資としての有効性に関して議論が割れたりするような投資対象は、年金の投資対象にすべきではない。社会のデザインとしては、そうしたものへの投資は、お金を出す投資家が直接判断して、納得して投資するような資金でやればいいということで構わない。

例えば、ベンチャー企業の育成は年金基金の使命として適当なものではない。また、ある種のヘッジファンドへの投資や、プライベートエクイティ投資、インフラへの投資などは、現段階では、たとえば公的年金での投資には馴染まないと考えられるが、これらを社会的に特に惜しむ必要はない。「いい」と判断すれば、年金以外の資金が投資すればいいだけのことだ。

(掟その三)目指すリスクとリターンは同時に決める

年金運用では、前提として、年金制度があり、将来の支払い義務としてのライアビリティを意識しなければならない。しかし、年金制度が一方的に年金運用に達成すべき目的を与えられるのかというと、それはちがう。

たとえば、日本の公的年金の運用で行われているように、幾らのリスクを取るのかを明示的に検討することなく、「賃金上昇率+1.7%」といった形で、年金運用の目標リターン決めることは、全く不適当である。

この件に関しては、1990年代から2000年代にかけて、企業の厚生年金基金の多くが、「5.5%」という予定利率で設計されて、低金利の環境下にもかかわらず基金がこの利回りの達成を目指して、無理なリスクを取って、多くが大失敗した歴史が、典型的な悪しき先例として参考になる。

運用で負うリスクと、求めうるリターンとを考慮した上で、年金そのものの制度設計を行ったり、財政検証を行ったりする必要があるのは当然のことだ。

(掟その四)運用期間ではなく財務体力がリスク耐性を決める

企業年金でどのくらいの大きさのリスクを取っていいかを決める主たる要素は、母体企業の財務的な体力と、リスク負担の意思だ。

ところが、日本の企業年金基金では「基金の成熟度が低いと、運用期間が長く、期間が長いと大きなリスクを取ることができる」と誤解をして、過大なリスクテイクに走ってしまった。「運用期間が長期になると、リスクは縮小する(ので、より大きなリスクを取っていい)」というのは、金融論的には完全に誤りだ。

1990年代から2000年代にかけての、低金利や株価の低迷といった不運な環境の問題はあったが、日本企業が企業年金で巨額の損失を出し、代行返上や基金の解散に至ったことの大きな原因がここにある。

積立方式ではなく、賦課方式の日本の公的年金の場合、企業年金の母体企業に相当するリスク負担の主体は誰であろうか。現在の年金加入者のようでもあるが、当面の運用失敗の影響は、将来の年金保険料を負担したり、年金給付を削られたりする、もう少し若い方に重心をずらした世代が真の負担者のようでもある。賦課方式であり、広義の社会保障の一部であることを考えると、将来世代もある程度含めて納税者一般がオーナーであると考えるのが妥当かも知れない。

そう考えると、年金に関するあれこれを、全面的に厚労省に任せる仕組みは不適切なのだろう。

(掟その五)年金受託者は年金資産の価値のためだけにベストを尽くす

これは、有名な米国のエリサ法で規定されている通称「プルーデントマン・ルール」の言い換えだが、年金運用を受託している年金基金に関わる者は、年金資産の価値を(適切なリスクの下に)最大化する目的のためだけにベストを尽くすべきだ。たとえば、別の目的のために年金資産を流用してはいけない。

これは、当たり前の原則のようでいて、時に守られないことがある。

例えば、社会的責任投資(通称「SRI」)に年金資産を投資することは、運用としてのベストから外れるので、明らかに不適切だ。投資銘柄候補群(ユニバース)を運用のリスク・リターン以外の理由で狭めることは、純粋に運用パフォーマンスを考えると、マイナスだ。これは論理的な結論だ。仮に基金の人間が、武器やタバコをビジネスとすることに憤りを感じるとしても、彼(彼女)の正義感の発露は、「他人のお金」である年金資産でやるのではなく、自分のお金や個人としての行動で発揮すべきなのだ。

かつて1990年代に行われた、公的年金資金による株価買い支え(通称「PKO:プライス・キーピング・オペレーション」)のような行為が、この掟に反していることは言うまでもない。

(掟その六)余計なコストを払わない

厳密には運用でベストを尽くすことの範疇に入るが、運用業者やコンサルタントなどに支払う手数料、さらには基金の運営コストは、理由無く余計に支払ってはならない。

年金運用は、第一義的には、決して基金の担当者自身のために、或いは、運用会社等の業者のためにあるのではない。

例えば、アクティブ運用へのフィー(運用手数料)は、パッシブ運用のそれよりもかなり高い。基金が採用するアクティブ運用がパッシブ運用に勝るという確たる根拠を提示出来るのでなければ、基金は、アクティブ運用を採用すべきではない、というのが原則だ。「アクティブ運用の可能性に賭けたい」とか「運用会社を育てたい」といった、基金担当者の自己満足のために、余計なコストを掛けることは控えなければならない。

しかし、誇り高き年金基金の担当者といえども一個の経済人であり、生身の人間であるから、自分の報酬は多い方が嬉しい。また、運用業者等のビジネス相手に大らかな支払いをする方が、気分良く仕事をしやすいのも事実だろう。この掟には、明らかに建前と本音の二次元が存在するが、年金マンは、建前の人の顔で暮らすのが作法だ。

(掟その七)資産全体を最適化する

年金運用のパフォーマンスは、明らかに、個々に分割して運用している資産の「合計」のパフォーマンスだ。年金基金及び個々の年金マンは、合計が最適になるように運用全体を設計し、コントロールしなければならない。

たとえば、国内株式の運用で、運用会社A、B、C、D、E、F、Gを使い、A社がトヨタを買う一方で、G社がトヨタを売っていた、というような相殺売買も避けたいし、各社の運用が個々には手数料の高いアクティブ運用なのに、A+B+C+D+E+G が、ほぼインデックス・ファンドになっていた、というような状況は、明らかに最適ではない。

再び、日本の企業年金を振り返ると、実は、こうしたコントロール不全が、個別資産の中のレベルではなく、アセットアロケーションのレベルでも起こることがあった。中小の厚生年金基金では、しばしば複数の運用会社にバランス型の運用を委託して、自分自身のアセットアロケーションを完全に把握することも、コントロールも出来ない状態に陥ったケースがあった。

過去にあって、日本の特に企業年金の運用は、お世辞にも上手く行ったとは言い難いが、年金基金の行動原則をまとめてみると、彼らの来し方にはリアルな反面教師としての有益な教訓が満ちていたことが分かる。その中の幾つかは、個人投資家の参考にもなるものだ。

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