証券コラム

2016/02/19 山崎元「ホンネの投資教室」

第264回 マイナス金利に人々が「思う」はずのこと

意外だったがあり得る政策

日銀は1月29日に行われた政策決定会合で、「マイナス金利」政策導入を決めた。既にECB(欧州中央銀行)でも導入されており、あり得ない政策ではないが、それまで黒田総裁はマイナス金利導入に消極的だと受け止められてきたこともあり、市場には「サプライズ」となった。

マイナス金利以外にもマーケットを大きく動かす要因が重なって、マーケットは激しい動きになっており、マーケットがマイナス金利政策の影響を十分織り込んだのかどうか、確信の持てないところでもあるが、2月16日から、日銀当座預金の一部に「マイナス0.1%」が適用されるようになり、マイナス金利政策が実際に動き出した。

今のところ、JGB(日本国債)の利回りが急低下し、9年くらいまでの年限の利回りがマイナスとなり、多くの銀行が預金金利と住宅ローンの金利を引き下げ、証券会社では円建てのMMFが販売中止に追い込まれ、生命保険会社では一時払い終身保険や年金保険の一部を販売中止する会社が出るなど、各所に影響が現れ始めている。

金融緩和政策としての「マイナス金利」は、十分あり得る手段の一つであり、円安と株高を通じて、インフレ期待に働きかける効果がある。「大幅マイナス」はやりにくいと思われるが、マイナス幅の拡大や、対象の拡大による、第二弾、第三弾が出て来る可能性もある。

さて、実は、筆者は、恥ずかしながら金融業界を中心に12回の転職を経験しており(楽天証券は13社目の会社だ)、複数の会社の事情や社内の雰囲気をそれぞれの会社・業界の外部の方よりも幾らかリアルに知っている。

本稿では、さまざまな立場の金融マンが、マイナス金利政策に対して何を思い、どう行動しようとするかを推測してみたい。

(1)ファンドマネージャーは何を思うか

筆者は、かつて投資信託のファンドマネージャーと、企業年金資金を運用するファンドマネージャーを務めたことがある。共に、国内株式のアクティブ運用が中心だ。はじめに、ファンドマネージャーなら、マイナス金利に何を思うかを想像してみたい。

資産別のファンドマネージャーの場合、評価は第一義的にはベンチマークとの比較で行われるが、ビジネス上の「実質的なベンチマーク」はしばしばライバルであるファンドマネージャーのパフォーマンスだ。後者は、同業他社にいることもあるし、社内にいることもある。

さて、株式のファンドマネージャーとして第一に考えるのは、マイナス金利政策の導入によって、「ポートフォリオのボラティリティが上がる」、即ちリスクが拡大するということだ。

そもそもマイナス金利は市場参加者にとって経験の乏しい材料だし、今後の政策次第で、株価が大きく影響されるケースがあることが想定できる。マイナス幅拡大の際の反応を想定することも簡単ではないし、マイナス金利を撤回する時の反応は正直なところ恐ろしくさえもある。

リスクの予感に緊張しながらも、先ずは「株価全体が上がっても、下がっても、ベンチマークとの対比で負けなければいいのだから、慌てることはない」と自分を落ち着かせようとするだろう。そして、次にすることは、自分のポートフォリオが抱える対ベンチマークのリスクの点検だ。

その際に、ベンチマークやライバルに対して現在自分が優位な状態にある場合は、リスクを縮小する方向を優先して「勝ちを守る」発想に傾きそうだし、負けている場合は、「逆転のチャンスかも知れない」と考えて、新しい投資アイデアを探し、場合によっては、リスク(アクティブ・リスク)を拡大して、勝負に出たくなるかも知れない。

しかし、運用に限らず、形勢を逆転するために大きなリスクを取る戦略は、しばしば失敗しやすい。むしろアクティブ・リスクを縮めて、敵失を待つ心境になる方が勝負の上手いファンドマネージャーだろう。

何れにしても、株式のファンドマネージャーにとってマイナス金利は、致命的に深刻というほどの材料ではなさそうだ。

一方、債券のファンドマネージャーにとっては相当に悩ましい事態だろう。当面の金利低下でポートフォリオの評価額は増えたかも知れないが、新たな運用対象が乏しいし、手持ちの債券の売り時が悩ましい。

また、マイナス金利の導入以前に債券を売ってしまって、悔しい思いをしているファンドマネージャーが少なからずいるだろう。

尚、円建てのMMFやMRFのような短期性の資金を運用している債券ファンドマネージャーは、「元本割れ」に追い込まれると大変不名誉だ。ファンドが、販売停止、あるいは運用停止から償還と決まった債券ファンドマネージャーの多くは、残念であるよりは、ほっとしている方が多いのではないだろうか。

(2)銀行員は何を思うか

マイナス金利が導入されて、長短の金利が一斉に低下したことによって、ただでさえ極薄であったか既にマイナスであった銀行の資金利ざやは、一層悪化する。収益獲得にあっては、国際業務や、投信販売などの手数料収入にかかるウェイトが大きくなる。

支店などのリテール営業の銀行員は、預金は低金利で集まりにくいだけでなく、「集めても儲からない物」に変質しているはずだ。

「投資信託を少しでも多く売りたい」、「どうせ売るなら、手数料の大きな投信を売りたい」という気持ちがこれまで以上に強くなっている筈だ。個々の銀行員に割り当てられる「販売目標額」が、マイナス金利によってさらに上積みされているかも知れない。

マイナス金利は、リテールの銀行員にとっても悩ましいが、経営者、経営企画部、銀行勘定(銀行自身の資産)の運用部門などにとっても、悩ましいはずだ。端的にいって、「今後、決算数字をどうつくっていったらいいのか」と頭を抱えているかも知れない。

マイナス金利の環境が長期間定着した場合、銀行の収益は圧迫され財務体質が悪化する可能性がある。また、これを避けようとして、リスクの大きな運用対象に手を出すと、運用の大失敗の可能性が生じる。銀行経営の悩み所だ。

筆者は、銀行によっては、将来問題になるかも知れないリスクを現在積み増しつつあるのではないかと心配している。

(3)生保マンは何を思うか

金利の低下、特に長期金利の低下は、生命保険会社にとって、強い逆風だ。生命保険契約は期間が長いので、金利が低下した場合、既存の契約の達成に必要な運用利回りを下回ることから、運用の「逆ざや」が起こりやすくなるし、将来の債務を履行するために必要な現在の積立金が直ちに増加するので、財務的な評価が悪化する。

90年代後半に複数破綻した生命保険会社は、金利低下の犠牲者でもあった。もっとも、金利変動にリスクがあることは金融論的には常識なので、破綻した会社や大きな逆ざやに苦しんだ会社は、商品開発・販売戦略・資産運用のリスク管理を一体で行うことが出来なかった、経営的に落第の保険会社だった。

目下、生命保険会社では、「これ以上、長期金利が下がるのはまずい」と危機感を持っている人が、運用部門や企画部門を中心にいるはずだ。

一方、保険の営業を担当する部署では、部署や個人の営業成績のために、「会社にとっては損でも、商品設計上提示している利回りが高い保険を売ってしまいたい」というインセンティブを持っている。

社内の部門間で利害が対立しているということだが、生命保険会社ではしばしば営業部門の力が強い。例えば、企業年金用に生保が提供している「一般勘定」という商品は、しばしば市中金利よりも大幅に高い保証利回り(たとえばごく最近まで0.75%)がある、金融理論的に非合理的な(つまり顧客側に得な)商品だが、会社としてはなかなか止めることが出来ないのが、これまでの現実だった。

他方、個人向けの生命保険商品には、企業年金向けの一般勘定ほど明白に有利な商品は存在しないようだ。しかし、金利の低下が多くの生保の経営を圧迫することは覚えておきたい。新規の商品開発では、設計上想定する運用利回り(「予定利率」)が低くなって、顧客が「一見、魅力的に思う」商品を作りにくくなる。超低金利は生命保険会社にとって鬼門なのだ。

(4)年金基金の担当者は何を思うか

日本の多くの企業年金(当時は厚生年金基金)は、かつて「5.5%」の予定運用利回りをもとに設計されていて、1990年代に入ってからの長期金利の低下と株価の下落によって、巨額の損失を出し続けて、文字通り酷い目にあった。

その後の行方は、あらかた破綻して解散した基金、代行部分を国に返す「代行返上」を行って規模を縮小した厚生年金基金(確定給付型企業年金などに移行した)、そして、母体企業に損失の負担能力が乏しくて、解散処理ができずにずるずると残ってしまった厚生年金基金などに、運命は分かれた。

年金も生命保険同様に「遠い将来の支払いの約束」を多額に抱えて資産を運用しているので、金利低下は大きな打撃だ。

予定利率を引き下げて(同じ給付に対して、年金掛け金が増える)やっと健全になり、現実的な利回り目標(例えば2.5%くらい)で運営できると思っていた基金が、急にまた、予定利率と大きなリスクを取らずに期待できる利回りの差が拡がって、再び大きなリスクを取るか、あるいは、さらに予定利率を引き下げるか、といった悩みに晒されるケースが増えているはずだ。

機関投資家には分類されるが、企業年金の担当者は、もともと運用のプロでは無い方が多い。マイナス金利政策がもたらした、長期金利の急低下は少々気の毒だ。

(5)企業の財務担当者は何を思うか

筆者の職業人生のスタート場所は、商社の財務部だった。事業会社の財務部にとって、大きな意思決定の一つが、長期資金を取り入れるタイミングだ。低金利の時期に、長期で固定利回りの資金を取り入れることができ、その後に金利上昇があれば、財務マンの誉れである。

思うに、まさかここまで長期金利が下がると思わずに、もう少し高い金利の時点で長期の資金を調達してしまった財務マンが相当な数おられるのではないだろうか。

もちろん、金利が上昇して、資金調達の条件が悪化し、最悪は資金繰りに困難を来すような時が財務マンにとって最も困る状況だ。ただし、金融がすっかり緩和されて、資金の取り入れが楽になると、社内における財務部の有難味、ひいては地位が低下しかねない。企業によって事情は異なり、この辺の判断はまちまちだろう。

もっとも、ここのところ資金余剰の会社が少なくない。こうした会社では、余資の運用先がないことに財務マンは頭を抱えているはずだ。

(6)リテール証券マンは何を思うか

筆者は、純然たるリテールの証券営業の経験が無い。従って、証券会社の支店の雰囲気は実感を伴っては分からないのだが、「確定利回りモノ」の存在価値が下がるマイナス金利政策下の環境は、証券会社が扱うリスク商品の営業にとってチャンスではある。しかし、おそらく、個々の証券マンは、上司からそのことを強く言われて辟易しているのではなかろうか。

(7)外資系証券マンは何を思うか

外資系の証券会社は、基本的に法人顧客が相手のビジネスが多い。端的に言って、銀行、保険会社、年金基金など、運用資金を抱えているのに利回りが無くて困っている客は、実質的な手数料が大きい(デリバティブの条件の中に含まれている)「仕組み商品」の有望な潜在顧客だ。

「チャンスだ!」と思っているセールスマンが少なからずいるのではないだろうか。

最後に、個人投資家は何に気をつけるべきか

筆者の想像の、当たり外れは、現実の金融マンに対して、まちまちかも知れない。しかし、一般的に該当しそうな傾向を考えつつ、個人投資家に対するアドバイスを3つ考えてみた。

(1)利ざやが悪化した銀行が熱心に売るはずの、手数料稼ぎの商品に気を付けよ。特に、銀行の店頭窓口で扱う投資信託、保険商品はおすすめできない。

(2)今すぐではないが、銀行、生保、年金基金などの財務状態の悪化に注意せよ。例えば、期間の長い年金保険などは要注意の商品だ。

(3)今すぐではないが、金利、特に長期金利が急上昇する可能性に留意すべきだ。リスクを取りたくない資金の置き場所は、「個人向け国債・変動金利・10年満期型」が群を抜いていい。国債なので信用リスク面で最強で、変動金利で元本保証なので長期金利上昇する(通常の国債が「暴落」する)時に強く、もともといい運用商品だったことに加えて、最低金利が0.05%と設定されていて、相対的な有利が増した。リスクを取らずに安全に運用したい向きにとって、今や燦然と輝く最強の運用商品だと筆者は考える。

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