証券コラム

2016/10/18 山崎元「ホンネの投資教室」

第281回 「プロ」の自己資産運用について

古くからある二論

ファンドマネジャー、アナリスト、証券マン、経済評論家、経済記者、などマーケットに関わる仕事をする「プロ」が、自分自身の資産をどのように運用するのがいいかについては、古くから対立する二論がある。

一つは、自分の情報発信や、ファンドマネジャーの場合は売買が、マーケットに影響を及ぼす可能性があるのだから、少なくとも自分が関わるマーケットのポジションを自己資金で持つべきではないという意見だ。

他方、自分のお金で投資しているものを勧めるからこそ、その言葉に重みがあるのだと考える意見もある。素朴な意見だが、賛成者も少なくない。

年金運用など機関投資家の世界でも、ヘッジファンドのファンドマネジャーなどに、自己資金を自らが運用するファンドに投資しているか否かを重視するケースがあるし、運用会社のマーケティングにあっても「私自身が自分の財産の大部分を自分が運用するファンドに入れている」と強調する場合がある。

実際、プライベート・エクイティ・ファンドの運用経験者から、「入社して、はじめてのファンドを運用する時に、借金して自己資金をファンドに入れることを求められた。正直怖かったし、運用には真剣になった」との経験談を聞いたことがある。その方の話に嘘はないだろうと思うのだが、筆者は、後述のような理由で、「自己資金をファンドに入れている」という話は過大評価しない方がいいと思っている。

「プロ」の社内規定と「手張り」問題

証券会社や運用会社では、社員に対して、特に個別株式への投資が何らかの形で制限されている場合が多い。

証券会社の場合に多いのは、本人及び家族が個別の株式に投資する場合は、事前に届け出て自社の売買管理部門を通して注文を執行し、「3カ月」あるいは「6カ月」といった一定の期間以上保有を義務付ける「短期売買の禁止」がルール化されている場合が多い。

かつて、わが国の大手の証券会社では、社員は自社の株式のみ自由に売買出来るという些か奇妙なルールを持つ会社が多かった。社員は、自社の株式を「当社株」と呼び自由に売買出来た訳だが、自社株を買う際には会社が資金を融資してくれる制度を持っていた会社もある。社員は、自社の重要な経営情報にアクセスできる可能性があり、インサイダー取引のリスクもあるので、自社株の売買に対しては、通常の株式に対するよりもむしろ厳しい制限を課してもよさそうなものであり、今考えても不思議な制度だった。

運用会社では、証券会社よりもルールが厳しいことが多く、ファンドマネジャーに対して自己資金での個別株売買を禁止する場合が多い。また、意外に知られていないが、経済紙の記者や、テレビ局のマーケット情報番組関係者などは、個別株への投資を全面禁止とする場合が多い。

しかし、もともと株が好きな人、お金が好きな人が多い業界なので、運用会社でも知人や親戚の名義を使うなどの形で、こっそりと自己資金の運用に手を出す(業界用語では「手張り」と呼ぶ)人が後を絶たない。ファンドマネジャーの交代や退社の背景として、手張りの露見があったケースは少なくない。

上場株式の場合、売買の記録が完全に残るので、不正を行うことのリスクとリターンは有利ではないと思われるのだが、手張り好きな人物はどうしても我慢が出来ない場合があるようだ。

外国の運用会社では、日本よりもルールが緩い会社もある。筆者が過去に関わったある英国系の運用会社の本社では、(1)自分及び家族の保有株式は全て会社に申告してデータベースに載せて社内で公開される、(2)担当ファンドの保有銘柄の自己資金での売買はファンドよりも後から買って後から売るのであればいい、といった緩い社内規定だった。

筆者は、この会社で、小型株で運用する日本株ファンドの外国人ファンドマネジャーが、ファンドで発行株数の5%以上を保有するある小型株のワラント債を妻の名義で保有しているのを見て「汚い!」と思ったことがある。その銘柄の時価総額や売買状況から見て、ファンドの売買は明らかに株価に大きく影響する状況だった。

筆者は、現在、証券会社の社員であると同時に経済評論家であり、ファンドマネジャーではないので、社内のルールに従って「長期保有」するなら個別株に投資出来るし、投資信託にも投資出来るのだが、自分の仕事(情報発信)と自分の資産運用の関係を考えた時に、どうにも自己資金でリスク資産運用をする気持ちにならない、大きな理由の一つとして、先の外国人ファンドマネジャーのケースを見たことがある。「彼と同類の人間にはなりたくない」ということだ。

また、近年破綻が問題になった、ある現物に投資するファンドを多くの人に勧めていたマネー・アドバイザーは「僕も投資していたので、損をしました。どうして批判されるのか分からない」と言っていたが、自分が投資していることは、不適切なアドバイスの免罪符にはならない。彼は、現在、不動産投資などについても「自分も買っている」ことを前面に出してセールス活動をしているようであり、彼に従った投資家が先般と同様の結果にならないことを祈りたい。

不動産や外国資産などへの投資を勧めるセールスマンないしは広告塔のような人物の場合、「私は自分が勧める物件に、自分自身が投資しています」と言うのがほぼ定番の台詞になっているが、この種の人の主たる収入は裏で貰う投資物件への紹介手数料であり、自身が投資していることが本当だとしても、その投資自体は一種の広告料のようなものだ。

一方、市場にコメントしたり、運用の方法を述べたりする仕事では、発言の内容が正しいかどうか(そして、出来れば予想が当たるかどうか)が問われており、当人の名誉を賭けているのであって、少々のお金を投資しているか否かで発言の価値を評価しようとすることは、一言で言って「幼稚」だと筆者は思っている。発言自体の当否を判断することが出来ない人の愚論だ。

自分自身の資産運用について

近年、投資家などから「山崎さん自身の資産はどう運用していますか?」と訊かれて、「ポジショントークを疑われたくないので、リスク資産での運用はしていません。たいしたお金を持っている訳でもないし、銀行預金と郵便貯金とMRFですよ」と答えると、がっかりされることがしばしばある。

外国株のインデックスファンドでも少し持っておく方がいいのかも知れないと思い、現在思案中だ。

仮にインデックスファンドを自分の資金で買った場合、資産の期待リターンが高まることと、共感してくれる投資家が増えるのではないかと思われることが、期待されるプラス効果だ。

一方、自分がリスク資産に関わるポジションを持つことで、マーケットについて考える際に、余計な考慮要素が一つ増えることのマイナス効果を考慮する必要があるだろう。自分の投資ポジションを意識せずに済むことは、中立的な立場からマーケットを見る上で役に立っているという実感は少なからずある。

いずれにせよ、筆者が自己資金で何かに投資した場合は、必ずご報告することをお約束する。

成功報酬と自己運用

自己資金を投入するか否かで、発言の価値を計ろうとすることを「幼稚」だと申し上げたが、前述のように、機関投資家の世界では、ヘッジファンドのような運用商品で、運用者が自己資産を投入しているかどうかを気に掛ける「素朴」な人が案外多い。

ただ、ファンドマネジャー個人の資産状況を正確に調べて、発言の裏取りを行うことは簡単ではない。ファンドのマーケティングに当たっては、「言った者勝ち」的な状況が生じやすいだろう。

また、成功報酬との組み合わせでは、別の場所でファンドと逆のポジションを作ることで成功報酬のオプション価値を確定させることが出来る。

仮に、1000億円の運用資産を持つファンドマネジャーがいて、成功報酬が値上がり益の20%だとしよう。このファンドマネジャーが、運を天に任せて日経平均先物を実質的に運用資産の5倍のレバレッジを掛けて買い建てする運用を行うとしよう。

成功報酬とは、ファンドの資産価値を原資産とするコール・オプションと同じだ。ここで、日経平均のボラティリティを20%、金利とキャリーコストはゼロと仮定すると、コール・オプションの価値は資産額の7.97%だ。ボラティリティを20%の5倍の100%として計算すると資産額の38.97%の20%、即ち資産額の7.79%がこのファンドマネジャーの保有する成功報酬のオプション価値になる(「CPSolve」というiPhone用のアプリで計算した)。ファンドの資産額は1000億円だから、約77億円のオプション価値である。オペレーションとしては、ファンドとは別の場所で売り建てのポジションを持ってデルタヘッジを使うことで、この価値を実現することもできる理屈だ。そこまで面倒な事はしないかも知れないが、こうしたポジション操作が容易に出来ることも事実だ。

例えば、10億円、20億円といった単位で自己資金をファンドに入れたとしても、成功報酬手数料の価値の方が遙かに高い。ヘッジファンドの場合、ファンドマネジャーは、予め成功報酬で契約してコール・オプションを手に入れてから、レバレッジを掛けてボラティリティを拡大して、成功報酬の経済的価値を自分の手で高めることができる。

「彼は、自らの資金をファンドに多額に投入しているから、自信を持っているのだろうし、必死で運用するだろう(≒だから上手く行くに違いない)」と信じるのはあまりに素朴だと筆者は考えている。

同じ素朴な推測をするなら、「確実に儲けられるなら、合理的な人は、他人のカネなど運用しないはずだ」という経済常識に賭ける方が賢いように思われる。

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